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プロフィール

アストル・パンタレオン・ピアソラ

1921年3月11日、アルゼンチン屈指の避暑地、マル・デル・プラタで生まれる。父はビセンテ(愛称ノニーノ)、母はアスンタ・マネティ。アストルの名は父の親友でシカゴ管弦楽団の第一チェロ奏者だったアストル・ボロニーニにあやかる。25年、ピアソラが4歳の時に家族でニューヨークに移住し、マンハッタンのセント・マークス・プレイスのアパートで暮らす。バンドネオンとの出会いは、8歳の頃。父が古道具屋で見つけたバンドネオンをプレゼントし、個人レッスンに通わされたのだ。16歳で帰国した後も研鑽を重ね、当時1番人気だったトロイロ楽団に18歳で入団、すぐに頭角を現す。42年10月30日、見合いで知り合った最初の妻、デデ・ウォルフと結婚。翌年7月25日には長女ディアナ(87年、父アストルへのインタビューをまとめた“Astor”を発表。09年7月2日死去)が、45年2月28日には長男ダニエルが誕生する。この頃、楽団の編曲も手掛けるようになるが、やりたいことがトロイロ楽団の枠に収まらなくなり、44年7月には楽団解雇の憂き目に遭う。その後は自らの楽団を立ち上げて活動するが評判にならず、作曲や編曲、クラシック作品の製作と裏方に回るようになる。54年、あるコンクールで作曲賞を受賞しパリへ留学。タンゴ演奏家の身分を隠してナディア・ブーランジェに師事するが、タンゴ音楽に進むべきと指南され、帰国後はエレキギターを取り入れた八重奏団を結成。
しかし、前衛的なピアソラのタンゴは国内で賛否両論を巻き起こし、58年には家族と共にニューヨークに拠点を移す。59年、亡き父に捧げた「アディオス・ノニーノ」を作曲。帰国後、五重奏団を結成して、数々のモダン・タンゴの傑作を世に送り出すが、国内では実力が認められず、66年には私生活のトラブルから妻子を残して家を出る。その後、「ロコへのバラード」が国内で大ヒットしたが評価は高まらず、73年には心臓発作に見舞われる。翌74年、新しく自由なタンゴを求めて活動の拠点を新天地イタリアに移し、制作した「リベルタンゴ」はピアソラの人気曲となった。75年には息子のダニエルを電子八重奏団「オクテート・エレクトロニコ」のシンセサイザー/パーカッション奏者に迎える。
精力的に作曲と演奏活動を行い世界で評判を得る中、76年、2番目の妻となるラウラ・エスカラーダと出会う。その後78年には五重奏団を再結成し、レコーディングや世界ツアーにも力を注ぐ。
日本には82年、84年、86年、88年に来日し、86年を除く3公演のライブ盤が発表されている。
90年8月4日パリの自宅にて脳梗塞で倒れ、カルロス・メネム大統領の手配により、特別機でアルゼンチンへ帰国。一時は意識を取り戻し奇跡的な回復を見せるが、92年7月4日午後11時15分、ブエノスアイレスのサンティシマ・トリニダー病院で息を引き取る。享年71歳。

監督:ダニエル・ローゼンフェルド

1973年、ブエノスアイレス生まれ。ピアノと作曲を勉強したが、最終的に映画へと進む。ミゲル・ペレスの下で編集を、アウグスト・フェルナンデスの下で演出を、フリオ・チャベスの下で演技を、ジョージ・ゴールデンバーグの下で脚本を勉強しながら、メディアとコミュニケーションを専攻し卒業した。アントルチャ財団や、ロックフェラー財団、フーベルト・バルズ・ファンド、フォンド・ナシオナル・デ・ラス・アルテス(国立芸術基金)、ICI、ヤン・ヴライマン、ベルリン国際映画祭タレントキャンパスから、助成金や補助金を受け、アレハンドロ・アグレスティ監督の幾つかの長編作品で助監督を務めた。
最初の長編作品である『Saluzzi - rehearsal for a bandoneon and three brothers』(2002年/35㎜/未)は、ベルリン国際映画祭のフォーラム部門や、サン・セバスティアン国際映画祭にて上映。また、ニューヨーク・ドキュメンタリー映画祭の開会式でプレミア上映され、アルゼンチン批評家協会から最優秀作品賞にノミネートされた。
2作目の長編作品『The Chimera of Heroes』(2004年/35㎜/未)は、ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門にて上映、「ルイジ・デ・ラウレンティス賞(新人監督賞)」と「審査員特別賞」をダブル受賞。また、ベルフォール国際映画祭(フランス)で観客賞、BAFICI(ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭)ではスペシャル・メンション賞も受賞した。
『Cornelia At Her Mirror』(2012年/未)は、シルビーナ・オカンポの同名小説「鏡の前のコルネリア」(集英社文庫「ラテンアメリカ五人集」に収録)に基づいた長編のドラマ作品。2年もの間劇場で上映されるという、成功を収めた。ロッテルダム国際映画祭HBF(フーベルト・バルズ・ファンド/オランダ)にて年間賞を、2013年にはアルゼンチン作家協会から最優秀脚色賞を、アルゼンチン批評家協会からは年間賞を受賞し、アルゼンチン・アカデミー賞では、5部門にノミネートされた。
『Al centro de la tierra』(2015年/フィクション)は、子供と父親、そして映画としては難しいテーマである“信頼”の物語である。ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭2015の国際批評家連盟ファースト・スペシャル・メンション賞を受賞。マルセイユ国際ドキュメンタリー映画祭2015にてインターナショナルプレミア、ルノー・ヴィクトール賞とCNC賞を受賞した。
マリアーノ・ナンテ監督の音楽ドキュメンタリー作品で、ナターシャ・ビンダー、カリン・レヒナー、セルジオ・ティエンポ、ミッシャ・マイスキー、マルタ・アルゲリッチが出演する、『La Calle de los Pianistas』(2015年/未)をプロデュースし、共同脚本も務めた。2015年に、アルゼンチン・アカデミー賞の最優秀ドキュメンタリー作品賞を受賞、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭2015では、クロージング作品としてコロン劇場にて上映された。